短刀 銘吉光(復元)

-たんとう めいよしみつ-

画像は本能寺様よりお借りしています。


鑑定区分


時代


刀剣種別




-


鎌倉時代


短刀


吉光



刀工


主な来歴



刃長


反り



粟田口吉光


畠山政長→足利家→織田信長→不明


25㎝


-


解説

山城国(現在の京都府)にて短刀の名手として活躍した粟田口吉光の作。
「享保名物帳・焼失の部」記載の名物。
現在の本能寺にて展示されている本刀は再現刀である。

1493年の「明応の政変」で、細川政元に敗れた畠山はたけやま政長は、この短刀で自害しようとするが、どうしても刃が腹に刺さらず、切腹できないことに腹を立てた畠山が刀を放り投げると、「薬研」という薬を調合するための鉄製の器具に突き刺さったとする逸話からこの名が付いた。
のちに、「鉄の薬研を貫くほど切れ味が鋭いのに、主人の腹を切ることはできない」刀として知られるようになった。

そののち、足利将軍家に伝わり、足利義輝殺害の際に奪われ、織田信長に献上された。
その後の詳細には諸説があり、「本能寺の変」にて信長公と共に焼け落ちたとも、豊臣家に伝わったのち「大坂夏の陣」にて行方不明になったともされる。