太刀 小狐丸

-たち こぎつねまる-

画像は石切劔箭神社様よりお借りしています。


鑑定区分


時代


刀剣種別




-


平安時代


太刀


宗近(折返し銘)



刀工


主な来歴


刃長


反り



宗近


現石切劔箭神社所蔵


1尺7寸7分(約53.8㎝)


3分9厘(約1.3cm)


解説

「小狐丸」は山城国(現在の京都府)の刀工である三条宗近が、狐を相槌として作刀したとされる太刀。能「小鍛冶」の演目としても取り上げられた。
当の小狐丸は行方不明だが、現在も小狐丸と伝わる刀は複数存在しており、石切劔箭神社所蔵のこの刀は、稲荷明神の相槌を得て鍛え上げられた小狐丸であると謂われている。

小狐丸の区分は太刀(刃長が60㎝以上)だが、実際の刃長はおよそ53.8㎝と脇差サイズほどである。
これは元来の長さより、茎部分を*磨上げして短くしているためである。
磨上げの際に『宗近』の銘の部分を反対側へ折り曲げる「折返し銘」が施されている。
*磨上げ : 茎尻から切り詰めて、全体の長さを短くすること。使用者の身長や体格に合わせて磨上げが行われた。

『小鍛冶』
平安時代、一条天皇は刀工三条宗近に御剣新造を命じた。宗近は、自分と同様の力を持つ相槌を打つ者がいないと訴えるが、辞退することは叶わず、氏神である稲荷明神へ助けを求めて参詣する。そこに現れた一人の少年は、様々な霊剣や草薙剣の故事を物語り、今度の御剣もそれに劣らぬ御剣になると告げ、稲荷山へ姿を消した。
宗近が身支度を済ませ、祭壇を築いて礼拝していると稲荷明神の御神体が狐の姿で現れ、「相槌を勤める。」と告げる。先ほどの少年は稲荷明神の化身であったのだ。
こうして明神の相槌を得た宗近は鍛え上げた御剣の表には「小鍛冶宗近」、裏には相槌を勤めた証である「子狐」と、2つの銘が刻まれた名剣「小狐丸」が出来上がった。
完成した御剣は朝廷へ献上され、明神は稲荷山へと帰っていった。